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イスラム教側では

イスラム教側では、当初は十字軍を宗教的な理由によるものとは思わず、単に野蛮で残虐なフランク人(当時の西欧人の総称)が侵略してきたと認識していた。第1回十字軍により創設された十字軍国家も東ローマ帝国やアルメニアと同様なキリスト教徒の地方政権と考えられていた。

イスラム教徒の反撃の端緒とされるザンギーやヌールッディーンは大義名分として、イスラム教勢力の統一とキリスト教徒撃退を挙げるようになるが、主要な敵は他のイスラム地方政権だった。

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イスラムの聖戦との認識が広まってきたのは、サラーフッディーンがイスラム勢力をほぼ統一し、エルサレムを陥落させる前後からで、第3回十字軍との戦いを通して確立されていったが、その後も、第6回十字軍の時のように、 状況によってはキリスト教徒と妥協や共存することに抵抗を持っていなかった。
十字軍は、東方の文物が西ヨーロッパに到来するきっかけともなり、これ以降盛んになる東西の流通は、後のルネサンスの時代を準備することにもなった。また近東地方の優れた城郭を実地に見た諸侯たちは各地でそれに倣って改良した城郭を建てた。そのためヨーロッパの城郭は十字軍より古いものとそれ以後のものが一目で判別できるほどである。

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2009年09月24日 15:34に投稿されたエントリーのページです。

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